【ネタバレ】映画ペンタゴン・ペーパーズ を観て調べたこと【前編】

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ペンタゴン・ペーパーズ

先日、映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」を観てきました!

こちらは、ベトナム戦争に関するアメリカ政府の機密文書をめぐる、実話に基づいた映画
↓予告編はコチラです。

スティーブン・スピルバーグ監督の作品で、メリル・ストリープトム・ハンクスがW主演しています。豪華ですね〜!
2018年のアカデミー賞の作品賞、主演女優賞にもノミネートされました。

 

スピルバーグとトム・ハンクスのコンビはやっぱり気になって観てしまいますね。

 

すごく良い話だったのですが、私がアメリカの歴史について知識が少なかったり、登場人物を整理するのが少し大変で、この映画の舞台背景を知っていたらもっともっと楽しめたんだろうな〜と思いました!

なのでこの映画を観て気になったことを、自分なりに調べてこちらにまとめました。
前編ではベトナム戦争についてと、文書を流出させたダニエル・エルズバーグについて書いてあります。

若干ネタバレも含んでいるので、まだ観ていない!という方はお気をつけ下さい。

 




 

 

 

 

 

 

 

ベトナム戦争について

ベトナム戦争

ベトナム戦争のことって、知っているようで知らないです。
当時自分がまだ生まれていなかったというのと、やはり他国の歴史だからでしょうか。
「ベトナム戦争があった」ということは知っていても、その経緯や社会への影響に関してはあまりピンときていません。

 

ベトナム戦争の期間

まずベトナム戦争がいつ始まって、どのくらい続いたのか?ということすら知りません。
ベトナム戦争と言ってもいろいろな定義があり、Wikipediaには1955年〜1975年と書かれていますが、アメリカが参戦してからの狭義でのベトナム戦争は1964年から。
アメリカ軍が撤退したのは1973年だったので、約9年間となります。
9年間って歴史で見ればすぐな気もしますが、自分の人生で考えると長いよなぁと思います。

 

ベトナム戦争と徴兵制

この映画を観て思ったのは、当たり前のような感想ですが、「ベトナム戦争って、当時のアメリカ国民にとってかなり大きなことだったんだな」ということ。
政府にとってももちろん大きなことですが、国民にとっても大きなことだったんだなぁと。

その理由は、メリル・ストリープ演じるキャサリン・グラハムが言っていたように「自分の子どもや友人も戦地に赴いている」からだと思います。
調べてみると、ベトナム戦争中はアメリカはまだ徴兵制だったとのこと。
なので、自分は戦争をしたくなくても招集されたら戦地へ行かなければならなかったんですね。

こちらの記事によると、1970年以降は誰を徴兵するかというのは20〜25歳の男性から完全に抽選で選んでいたそうです。
誕生日が書かれた紙を順に引いて、その引かれた順に徴兵される名簿に載せられたとのこと。

ちなみに余談ですが、徴兵を逃れるには神学校に行く、ホームレスになる、カナダに移住するという手段があったようです。

 

ベトナム戦争の兵士の数と戦死者数

また、ベトナム戦争での兵士の数や犠牲者の数も分かっていなかったので、調べてみました。
まず、アメリカ軍の戦死者は約5万8千人戦傷者は33万人
動員された兵士の数はのべ250万人以上でした。
そのうち徴兵された人数と志願した人数の割合も知りたかったのですが、分かりませんでした。

万を超えると、私の中ではもう大きすぎて規模が実感できないのですが、東京ドームの収容人数が4万5千人だそうです。
戦死の率としては2%ですが、実際の人数としてはかなり多いですよね。

ただ、ベトナム側はというと、戦死者156万人、負傷者は450万人という桁違いの多さ…。
民間人の犠牲者も多く、特にアメリカが味方していた南ベトナム側は18万人以上も亡くなっています。
ちなみに、広島の原爆での死者数が14万人。
この10倍の方が亡くなられたということで、本当に凄まじいことです…。

犠牲者の数に関しては、こちらのページを参考にしました。

 

ベトナム戦争が始まった経緯

そして、ベトナム戦争が始まった経緯についてもあまり知りませんでした。

ベトナム戦争は東西冷戦中に起こった戦争で、ベトナム北部のベトナム民主共和国と南部のベトナム共和国の内戦です。
北部のベトナム民主共和国はソ連、南部のベトナム共和国はアメリカが後ろ盾となっていました。
まさに冷戦の構図ですね。
アメリカは最初は南ベトナムに物資や武力(兵士4,000人ほど)を支援するという程度だったのですが、1964年から本格的に武力介入します。
そのきっかけが1964年に起きたトンキン湾事件で、アメリカの軍艦が北ベトナムに攻撃されたというもの。
ただこれは単なる口実。
本当は参戦するきっかけが欲しかっただけで、こちらの記事によると、流出したペンタゴン・ペーパーズにもトンキン湾事件はアメリカの捏造だったとはっきりと書かれていたようです。
アメリカ側としては「共産主義の北ベトナムが勝ったら、東南アジアが共産化しかねない」と考えていたようで、それを防ぐためになんとしても南ベトナムを勝たせなくてはならなかったようです。(ドミノ理論

経緯に関しては、主にこちらのページを参考にしました。

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ダニエル・エルズバーグとランド研究所

ピンポイントですが、ダニエル・エルズバーグとランド研究所について。
ダニエル・エルズバーグはペンタゴン・ペーパーズを持ち出し、リークした人物。
最初のシーンではベトナムにも従軍しており、マクナマラに現地の状況を報告しています。
ワシントン・ポストのバグディキアンが、元同僚のエルズバーグについてちらっと説明していましたが、どういう立場の人なのかイマイチよく分かりにくかったです。

調べてみるとエルズバーグは元々国務省に勤めており、1964年から2年間ベトナムに派遣されていました。
なので映画の冒頭のシーンはその時のことです。
(※参考:Daniel Ellsberg

そしてベトナムから帰還後、ランド研究所に所属します。
ランド研究所とは「Research And Development」の略で、1946年に軍の戦略を考えたり研究したりするために創設されたNPO法人です。
設立当初は軍隊に関する研究がメインでしたが、現在は軍事以外にも国際政策や科学技術、教育、エネルギーなど他分野において研究を行なっています。
私の感覚からすると、「NPO法人が軍の戦略を考えるの?」と不思議な感じがしますが、アメリカでは国の政策などは政策専門の第三者機関に任せることが多いそうです。
(※参考:機能しない政府に政策立案を独占させるな!世界最高のシンクタンクで感じること

映画中でも言われていましたが、軍の戦略を考えるランド研究所には軍の機密文書もあるので、エルズバーグはそこから文書を流出させました。

ペンタゴン・ペーパーズ流出事件後、エルズバーグはスパイ防止法違反で起訴されます。
しかし、政府がエルズバーグの信用を失墜させるためにエルズバーグがかかっていた精神科医からカルテを盗み出そうとしたことがバレて(ウォーターゲート事件でやっていることとそっくりですね)、政府による深刻な不正行為があったとして、審理が却下されました。
(※参照:What are the Pentagon Papers?

エルズバーグは現在は核廃絶を目指した運動や平和運動をおこなっています。
また、政府や企業の機密情報を公開する団体ウィキリークスや、アメリカの機密資料を公開した元CIA職員のスノーデンのことも支持しているとのこと。

 

 

ということで、ベトナム戦争の背景と、ダニエル・エルズバーグについてでした。
長くなったので後編に分けたいと思います。
後編では、当時のアメリカ大統領と、ペンタゴン・ペーパーズに書いてあった内容についてまとめてあります!

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アクセサリーブランドUfufuyaを主催。
ロシアの教会やツタンカーメンなど、世界の文化や歴史をモチーフにしたブローチを作っています!
Pinkoi/minne/Creemaで販売中。

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2015年よりフリーランスとして活動中。
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